池田愉養院(ゆよういん)付属研究室

東京都三鷹市 JR三鷹駅より徒歩3分。 整体 池田愉養院のブログ

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“中野民夫と語る『みんなの楽しい修行』”に行ってきました。

先日、西荻窪のほびっと村学校で行われた、“中野民夫と語る『みんなの楽しい修行』”に行ってきました。
中野民夫さんが出版された本、『みんなの楽しい修行:より納得できる人生と社会のために』の内容を中心に話をされるものでした。
私は彼のことは知らなかったのですが、たまたまネットで見て、気が向いて行ってみました。
当院も「愉(たの)しく養う」ですし。


イベントのコピーはこちら。

 ほびっと村に出入りし始めた70年代末、自分でも何を求めているのかわからないまま旅が始まっていた。あるとき、山尾三省が「納得できる人生と納得できる社会を求めている」と語っているのを聞いて、ぼくの求めているのもそれだ!と響いた。それから35年、就職、大阪営業、休職留学、環境と平和のワークショップ、愛知万博、30年で会社卒業、京都での大学教員などの人生を経て、より納得できる人生と社会を築くための「楽しい修行」として、2つの基本と8つの道にまとまってきた。至福の追求とマインドフルネス、身心、食農、自然、対話、旅、仕事、アート、祈りの10のことについて、お話ししたいと思います。(中野民夫)


上記10項目を前半ゆっくり、後半はかなり端折ってお話しされました。
2つの基本、至福の追求とマインドフルネス。

「至福の追求」
誤解がいろいろと生まれそうな言葉ですが。
ジョーゼフ・キャンベルの「follow your bliss.」の訳で、
わかりやすく日本語にすると、「気になることについていく」ことと話されていました。

ジョーゼフ・キャンベルは世界の神話を研究した人で、私は先ほどyoutubeでインタビューを少し見ただけなのですが、おもしろそうです。
世界各地の神話がぽんぽん出てきます。
ちなみに、『スターウォーズ』でジョージ・ルーカスは、彼の神話論を参考にしたそうです。


「マインドフルネス」
これは仏教から広がった言葉で、「今・ここで起こっていることに気づいている状態」というような意味です。
中野さんはティク・ナット・ハン師(ダライラマの次に世界的に有名なお坊さんです。)から学んだそうです。
私がビルマで学んだり、日本で関わった冥想もマインドフルネスというものです。
よいものだと思います。

最近google のマインドフルネス研修が一般にも公開されたそうで、
2日で10万円の研修だそうです。
中野さんは「とてもいい研修らしいですけど…日本の禅寺ならそんなにかからないのに」と。
私も、これまで寄付だけの文化でいろいろな先生方から学んだので、多少の違和感はありますが。
まあ、そういうものですね。


中野さんは、社会な活動もいろいろされているようで、今は大学でも教えているし、ワークショップもするし、以前は大手広告代理店に長く勤められていたそうです。

「修行的なこと」と「社会的なこと」、「精神的なこと」と「生産的なこと」が対立せずに両立してできている人だなと思いました。
ひょうひょうとした感じで、途中で3,4曲、歌もうたって、いろいろと興味深かったです。

中野さんは毎朝、日の出前から京都の鴨川沿いを散歩するそうです。
私も早起き生活にしようかな…

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静の操法

前回の記事で書いた「動の操法」は、お客様ご本人に意図的に動きだしていただくものでした。
「静の操法」では、本人に意図的には動いていただかない、ということです。
そういう意味では、いろいろな手技療法の多くは、静の操法ということになります。
どのようなことを行うのか、主なものを簡単に紹介します。

「たわめる」
筋肉、筋膜などを伸びている状態より、他力的に縮めます。
ストレッチの逆ですね。
皮膚をずらすような感じだったりします。
動の操法は本人にも動いていただいて、たわめていることになります。

「解離」
こちらは引き離す感じです。
関節とその周辺の組織が癒着していたり、ねじれている状態から、伸びていきやすい方向に少し引き離してあげることによって、楽な状態に変わっていきます。

「まわす」
本人の楽な範囲で関節をまわします。
回し方は、左右にひねりを加えながらまわしたり、解離の状態でまわしたり、逆に軽く圧をかけた状態でまわしたりバリエーションがあります。
回す方向は左右比べてみて、違和感のない方向に回していきます。

「重力から解放する」
なんだかすごいことっぽいですが、軽く持ち上げることです。
本人の身体の一部、脚や腕、頭を軽く持ち上げて支えます。
そのとき身体がうごめきだしたら、それについていきます。
不思議ですが、身体はうごめきだすのです。
普段は重力に引っ張られているために、うまく現れていなかった身体の働きが出てきやすいように補助をするだけです。
身体は治ろうとする働きがあるのです。

ゆらしたり、身体をある位置で支えたりすることもあります。

さらっとですが、「静の操法」の紹介でした。


動と静、どちらの操法でも共通することを、いくつか書いておきます。
ある刺激によって、血流がよくなり、本人の身体の修復作用が働いた結果、楽になると考えています。

部分を扱っていても、全身に効かせる狙いで行う操法が多いです。

本人にとって、自然で楽な姿勢で施術を行います。
体幹が歪んでいたり、頭が横を向いていたり、手足の開き具合などは、その人のそのときの状態によって違います。
その状態は訳あって、そうなっていて、本人はそれが楽な状態なのです。
歪んでいるからといって、外見的にまっすぐな良い姿勢をとると、本人は窮屈な感じがします。
だから、本人の楽な姿勢で施術を行い、結果として整った姿勢が楽に感じるようになるとよいのです。

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