池田愉養院(ゆよういん)付属研究室

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「快」について

「身体が整っていくときに『快』を感じる」
「身体の感覚を信頼していい」
このことは、違和感なく受け入れられる感じがしますか?

「快」について書くといろいろ誤解が生じやすいように感じます。

操体の師匠、青木武先生は、
快:整っていく感覚
快楽:壊れていく感覚
と言葉を使い分けています。

野口裕之先生は、「快の変態化」という表現をしていました。
これは変態趣味になることではなく、壊れていく感覚を「快」と感じてしまうということです。

頭で「快はよいのだ」と考えて行動していると、おかしなことになったりするので、なかなか難しいのです。

引用します。
操体をまとめた橋本敬三先生。
気持ちのいいことは何をしてもいい。苦しい方、痛い方に動くのではなく、ラクな方、気持ちのいい方へ動けばいい。
だけどもね、その時にはうんと気持ちよくっても、後になって気持ちが悪くなる、つまり、後味が悪いっていうのがあるが、それは本当の気持ちよさとは違う。例えば、食いすぎ、二日酔、あれは後味悪いよね。(中略)がんばってはしゃぎ過ぎるとダウンして、翌日はからだがシャンとしなくなる。
                                   『からだの設計にミスはない』p.17


「後味の良し悪し」は、皆さん経験がありますね。
後味の悪さがはっきり出るときはわかりやすいですね。
「わかっちゃいるけどやめられない」っていうのもあると思いますが。

続いて野口晴哉先生。
……異常を起こしてそれを治そうとするなら、体の使い方を改めなくてはならない。使い方を改めるのは頭で考えてもわからない面があるが、人間の体には意識しないでバランスをとる欲求があります。ごはんを食べるにしても、体に必要なときはうまいし、必要のないときはうまくない。働くにしても、エネルギーの調整が必要なときは快い、余分になると疲れる。エネルギーが余るとだるくなる、暴れたくなる。けれども、ちょうどいい時は快い。ちょうどよければ暴れたあとでもそれが鬱散に役に立って快い。
 そういうように、どんなことがあるにしても、みんな感覚があるし要求がある。入浴しても、疲れた時は熱い湯の方が快い。疲れない時はぬるい湯の方が快い。体も古くなってくると入浴の温度も高まってくる。高くしないと快くない。ちょうどよいということは、「快」という感じで現れてくる。体が「快」と感じる方向に動いていれば健康になれるし、「快」という方向に動くようにいつの間にか無意識に方向づけられているので、それに逆らうと不快になる、疲れる、だるくなる、眠くなる、満腹する、といったように、みんな不愉快なことがたくさんに起こってくる。ちょうどいい時はいつでも快い。
 だから人間は快い方向に動いていれば健康になるし、健康になればどういうことをやっても快くなる。そして、この快いという方向に逆らわないようにさえしていれば、自然に丈夫になっていく。それを意識で「良薬口に苦し」というようなことを考えてしまう。それは間違っています。頭を通さないで、意識以前の快さをそのまま感じて、それが行動につながるように生活すれば、人間は自然に丈夫になるのですが、意識が発達しすぎるとそれがむずかしい。
                                       『整体入門』pp.47-48


このところ世間では、ぬる湯がすすめられることが多いですね。
野口整体では、ぬる湯での長湯は身体のしまりがなくなるとして、すすめていないようです。

私は1年半の間、群馬県の草津に住んでいたことがあります。
草津温泉は基本的にあつ湯です。熱いのであまり長湯はしません。
それまであつ湯は好まなかったのですが、毎日熱めの温泉に入っていたため、草津を出たあとも、風呂の湯は少し熱めでないと物足りなく感じるようになりました。
「体が古くなっ」たからかな?

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